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8月下旬にソウルで開かれた「日韓フォーラム」に参加しました。両国の政治家や研究者、ジャーナリストら計50人ほどが顔を合わせる年に1度の会議です。最近の政治状況を考えると不思議なのですが、コーヒータイムの会話では「政治家を含めて、日韓双方とも自制した発言が多いね」という声が出ました。【外信部長・澤田克己】

ここ数年は互いに「相手側に物申す」的な発言が目立ったという記憶があるのですが、現実があまりに悪いので慎重な発言が増えたのだろうかと考えてしまうほどでした。その中で印象に残った言葉に「以前の関係を回復させることはできない」というものがありました。その背景を考えてみたいと思います。



◇「関係が良くなったり、悪くなったり」ではない

 あるセッションの基調発表で語られたのは、次のような内容でした。

 「最近の日韓関係において、韓国は日本が重視する信頼を失い、日本は韓国が重視する礼儀を失った。その結果、今回の対立は深くて長い後遺症を残すだろう。対立を取り繕うことができても、以前のような関係を回復させることはできない。新たな関係を再構築しなければならない」

 この発言はインパクトが大きかったようで、多くの出席者が肯定的に引用しながら発言しました。私は、元徴用工訴訟と輸出規制による対立を起点だとした点には異論を持つものの、方向性としては共感します。他の参加者からも「日韓関係は転換点に立っている」と指摘されていました。

 会議では、日韓が基本条約や請求権協定を結んで国交正常化した1965年と現在では情勢が全く違うという指摘も少なくありませんでした。当時は貧しい小国だった韓国が力を付け、日本と対等なパートナーとなっているのに、そうした構造的変化に双方の意識が追いつけていないのです。特に冷戦が終わってからの30年間に起きた変化は大きいのですが、そうした変化は一気に表面化するわけではありません。ここ数年の対立激化は、そうした大きな変化を反映したものでしょう。今までのように「関係が良くなったり、悪くなったり」という循環では捉えきれない理由がここにあります。

 ◇頭を冷やし、冷静な見極めが必要に

 1人当たり国民所得を世界銀行のデータ(今年7月時点)で比較してみると、65年時点では日本890ドル、韓国130ドル。かつては、日韓の格差が7倍弱あったということです。30年前となる89年にも5倍強の格差が残っていましたが、その後は、韓国の経済成長と日本のバブル崩壊を受けて急速に格差が縮小します。20年前の99年には3倍強、10年前の2009年には2倍弱となりました。昨年は日本4万1340ドル、韓国3万600ドルで、格差は1.35倍でした。

 冷戦終結が韓国に及ぼした政治的な影響も無視できません。冷戦の最前線に置かれていた65年当時の韓国は日米に頼らないと生きていけなかったし、そもそも中国やソ連などとは国交すら持てませんでした。韓国と北朝鮮が国連に同時加盟したのも91年です。韓国はその後、経済力の伸長もあって国際社会での地歩を固めていきました。

 87年の韓国民主化も無視できません。65年当時の韓国はクーデターで権力を握った朴正熙(パク・チョンヒ)政権で、国民の間に不満があっても力で押しつぶしました。民主化闘争出身者が中核を占める文在寅(ムン・ジェイン)政権は当然ですが、現在の保守野党が政権を握ったとしても朴氏のように世論を無視することはできません。

 そして、戦後70年以上もたったことで植民地時代から続いてきた両国間の人脈は失われました。かつては政治的緊張があっても日本語世代の韓国人政治家や経済人を中心としたパイプが関係修復のために機能しましたが、次世代のパイプは見当たらないのが寂しい実情です。

 こうした状況が重なったことで、日韓関係は完全に展望を見通せない状況に陥りました。そもそも状況が昔とは違うのだから「以前のような関係を回復させることはできない」のです。元徴用工訴訟での韓国最高裁の判決が請求権協定と矛盾しているのは明白ですが、それとは別の問題として、現実の変化を冷静に見極めたうえで新たな日韓関係を考えなければなりません。まずは感情的な対応にならないよう、頭を冷やすところからでしょう。