短期的には韓国に影響なし

20190915-00010002-jij-000-2-view日本の韓国に対する輸出管理適正化に関する措置は、(1)フッ化水素など半導体材料3品目の個別輸出許可への切り替え(2)管理上の優遇対象国(いわゆる「ホワイト国」)からの除外─の2点に大別される。

7月1日に発表された個別輸出許可への切り替えによって、韓国にフッ化水素、フッ化ポリイミド、レジスト(感光剤)の3品目を輸出する場合、契約ごとに輸出許可が必要となった。また、ホワイト国からの除外によって、明らかに大量破壊兵器の開発などには用いられないもの(食料品や木材など)を除く品目について、輸出許可が必要となる可能性が生じる。

 結論から述べれば、3品目の個別輸出許可への切り替えも、ホワイト国からの除外も、日本経済はもとより韓国経済に直接的な影響を与えることはない。(大東文化大学教授 高安雄一)

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 まず3品目の個別輸出許可への切り替えから見てみよう。3品目のうち、フッ化水素とレジストは、半導体製造に必須であるとともに、日本への依存度が高い。特に韓国のメーカーが求める高品質の製品は、日本企業から供給を受けなければならない。また、フッ化ポリイミドは、スマートフォンなどに使われる有機EL(エレクトロルミネッセンス)の製造に必要であり、依存度が高い点は同じである。

 中でも半導体は、韓国経済の行方を左右する最重要な製品である。輸出全体の20%以上を占めており、半導体需要が景気の良しあしに決定的な役割を演ずる。3品目の個別輸出許可への切り替えによって、韓国は主要製品が日本からの部品・素材の供給に強く依存していることを改めて認識した。

 しかし、3品目の輸出が禁止されたわけではない。3品目を韓国に輸出する際には、必ず輸出許可が必要であるが、審査に際しては恣意(しい)が入ることはなく、安全保障上の懸念の有無のみを基準として輸出の可否が判断される。日本政府も、安全保障上の懸念がないことが確認されれば輸出が滞ることはなく、審査において恣意(しい)的な運用を行うことは断じてないとしている。

 そして8月8日には、最初の案件について輸出許可が出ている。この事実からすれば、輸出許可にかかる手続きが煩雑化しただけで、日本の措置が韓国経済に影響を与えることはない。

 次にホワイト国からの除外である。これにより、食品、木材などを除くすべての品目について輸出許可を求められる可能性が出てくる。対象となる品目は網羅的であり、中には韓国の重要製品の製造に欠かせず、かつ日本への依存度が高い品目も含まれている。しかし重要な点は、輸出許可を求められる可能性が生じただけであり、定められた要件に当てはまらない限り輸出許可は必要ない。

先に説明したフッ化水素、フッ化ポリイミド、レジストは、用途や需要者にかかわらず必ず輸出許可が必要である。しかしホワイト国からの除外により輸出許可を求められる可能性が出た品目については、用途要件や需要者要件などに引っかからない限り輸出許可は必要がない。すなわち、大量破壊兵器の開発などが用途ではなく、需要者が大量破壊製品の開発などを行わないならば輸出許可は求められない。

韓国がホワイト国から除外されても、韓国向け輸出については許可が必要となるケースは極めて少ないと考えられる。さらに、輸出許可が必要となった案件でも審査に恣意が入らない点は、3品目の個別輸出許可への切り替えと同様である。つまり、ホワイト国からの除外によって日本から韓国への輸出が滞ることはない。

素材・部品自給なら韓国の競争力低下も

20190915-00010002-jij-001-2-view輸出管理適正化は、韓国に対する輸出を禁止するものではなく、上述の通り、輸出許可の手続きが煩雑化するだけである。しかしながら韓国は、部品・素材を自給する動きを進めている。事実、8月2日、国会で可決した韓国の補正予算には、素材・部品の日本依存から脱却するための対策費として2372億ウォン(約250億円)が計上された。

 

部品・素材を自給する動きは、財閥の強みを生かした韓国の競争力をそぐ可能性がある。韓国では財閥が莫大(ばくだい)な設備投資を他国に先んじて行い、大ロット生産を行うことでDRAM(記憶保持動作が必要な随時書き込み読み出しメモリー)のシェアを獲得した。半導体は、巨額な設備投資、大ロット生産といった規模の経済を生かすことができ、財閥による生産に適した品目である。

 一方、日本が供給している部品・素材は多種多様である。部品・素材を個々に見ていくと、高度な技術の蓄積が必要であるものの、巨額の設備投資が必要なわけではなく、もし世界の大半のシェアを占めたとしても、品目ごとの売上高は知れている。つまり、財閥による生産には適していない。

 小回りが利かない財閥が、数多くの部品・素材を製造することは効率的ではないが、その製造を担うことが期待される中堅・中小企業は育っていない。このような経済構造を有する韓国としては、日本から部品・素材を輸入し続けることが合理的であり、部品・材料の自給を無理に進めれば、韓国経済の競争力低下は避けられない。

それでも韓国政府が部品・素材の自給を進めようとしている理由は、輸出管理適正化をきっかけに、韓国の主要製品を生産するために必要不可欠な部品・材料を日本に強く依存していることを再認識したからである。従前から韓国政府は、部品・素材を日本に依存する経済構造に問題意識を持っていた。だが、それは恒常的な対日赤字の原因となっていたからであり、危機感とは程遠いものであった。

 しかし韓国政府は今回の措置によって、自国の主要製品が円滑に生産できるかは日本の胸先三寸であるという認識を持ち、部品・素材を日本に依存する経済構造からの脱却を本気で模索するようになった。そのために巨額の予算を投入して部品・素材の国産化を試みており、企業も政府の方針に可能な範囲で協力することになるだろう。

日本の外需は影響受けず

 for1909140004-p1輸出管理適正化が日本経済に与える影響は、短期的にはないと考えてよい。3品目の個別輸出許可への切り替えも、ホワイト国からの除外も、日本から韓国への輸出を止めるものではない。韓国企業が短期間で、部品・素材を自ら製造することは不可能であるし、第三国から調達することも質の観点から容易ではない。よって韓国企業はこれまで通り日本から部品・素材を調達することとなり、日本の外需は影響を受けない。

 日本の輸出管理適正化に対して韓国が講じた措置の影響も見てみよう。8月12日、韓国も日本をホワイト国から除外することを公表した。しかしホワイト国から除外されても、韓国からの輸入が止まるわけでない。さらには、韓国に強く依存している部品・素材は見当たらず、万一、輸入が止まっても影響はないと考えてよい。

 長期的にはどうだろうか。韓国が本格的に生産を始めたら、部品・素材の一部は韓国製品に代替される可能性は否定できない。韓国が日本のシェアを奪った品目で思い浮かぶものとしてDRAMがある。1980年代中盤、DRAMは日本のお家芸であった。しかし今日では日本企業はDRAMから撤退してしまい、韓国のシェアが7割を超えている。

 現状において日本がシェアを持つ部品・素材の数は多い。韓国の部品・素材の国産化政策により、いくつかの品目で韓国にシェアを奪われる可能性はある。しかし、長期的に見ても分厚い日本の部品・素材産業が韓国にシフトすることは現実的ではなく、DRAMのケースとは事情が異なる。よって長期的に見ても、日本経済が受ける影響はそれほど大きくないことが想定される。

長期化する負のスパイラル

 輸出管理適正化をきっかけに、日韓関係は新たな局面に入った。これまでの日韓関係は、政治分野と経済分野の問題がリンクしてこなかった。日本政府は、輸出管理適正化に踏み切った理由として、韓国の輸出管理をめぐり不適切な事案が発生したこと、日韓間の信頼関係が著しく損なわれたことを挙げている。そして、信頼関係の著しい毀損(きそん)に関連して、元徴用工問題について解決策が示されてこなかったことが示された。

 輸出管理は国際的な信頼関係を土台として構築されるものである。日本は、政治分野の問題で関係が深刻化する中、通常より優遇してきた韓国向け輸出の管理を通常に戻したわけである。一方、韓国はこの措置を元徴用工問題への報復措置であると認識した。

 現状は、政治分野での関係悪化、経済分野での関係悪化が互いに原因となり、それぞれの関係がより悪化するといった負のスパイラルの状況に陥っている。8月22日、韓国政府はGSOMIA(軍事情報包括保護協定)の破棄を発表したが、これは経済分野での関係悪化が政治分野に波及した例であろう。

 今後の日韓関係であるが、解決の糸口は全く見えない。韓国は、輸出管理適正化にかかる措置の撤回を日本に要求し続けるだろう。日本は、韓国が政治分野での問題を解決すべく何らかの行動をしない限り、輸出管理の運用を7月4日の適正化措置発動以前に戻すことはないだろう。輸出管理の運用に動きがなければ、韓国が政治分野での問題を解決すべく何らかの行動を行うことは考え難い。

 このようにこじれた日韓関係は長期化する可能性が高い。そうした中、韓国は日本への部品・素材の依存を解消すべく動いており、日韓間の経済面でのつながりは、緩やかにではあるが、弱まっていくだろう。政治と経済が絡み合った今回の日韓関係の悪化を解きほぐすことは容易ではない。)